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「時間展望—もっと先の自分へ2」レポート
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レポート2025年8月15日(金)
「時間展望—もっと先の自分へ2」レポート

札幌文化芸術センター SCARTSと北海道大学CoSTEPは、アート&サイエンスを主題に若い世代の皆さんと一緒に、アーティストと研究者=アートの創造性と科学的な探究に触れ、世界をひろげる学びの場をつくることを目指すプロジェクトを行っています。毎回、サイエンスを切り口としたテーマを設定し、アーティストがそのテーマを探究するプロセスを一緒に体験していきます。
みなさんは、過去・現在・未来といった時間軸を見通す行動「時間展望」という考え方をご存じでしょうか。
今回は昨年度に続き、「プレコンセプションケア」(=男女問わず、妊娠・出産を考慮に入れ、現在の健康状態を確認したり、生活習慣の見直しを行ったりすること)をテーマに「時間展望-もっと先の自分へ パート2」と題し、研究者とのオープンミーティングとワークショップを開催しました。
本稿はイベント内容をダイジェスト版として編集したものです。
「性」と「生」から人生を設計する講演&ワークショップ

撮影:門間友佑
地球の1日は24時間です。それは誰にも等しく同じです。それにもかかわらず、子どものころは1日が長く、成長するにつれて短くなっている気がしてなりません。同じ時間の中にいながら、きっと異なる時間の流れを感じている学生と社会人が、札幌市文化芸術センター SCARTSに集まりました。イベント名の「時間展望」とは、将来の自分や可能性を想像して、いまの選択に活かす力をいうそうです。では、時間展望は何に効くのでしょうか。モデレーターの朴炫貞さん(北海道大学CoSTEP特任講師)によると、「未来を想像したり、それに向けて人生設計を立てたりすると、将来が怖くなくなる。また、目標の実現可能性が高くなるといわれています」。
今回は、「プレコンセプションケア」と「ライフデザイン」をテーマに、二人の研究者による講演を聞き、ワークショップに取り組み、もっと先の自分を想像しながら、「性」と「生」と「人生設計」を考えました。
【講演】健康の礎としてのプレコンセプションケアで人生を豊かに

撮影:門間友佑
一つ目の話題提供は、北海道大学大学院医学研究院 教授の玉腰暁子さん。専門は公衆衛生学・疫学で、コホート研究(註1)から生活・環境と健康との関係を分析しています。註1|コホート研究=疫学の研究手法の一つ。特定の要因をもつ集団/もたない集団を追跡して、病気の罹患率や死亡率を比較することで、要因と病気の関連性を明らかにする。
講演のタイトルは「プレコンセプションケアとライフデザインを考える」。朴さんが「すごく個人的な事柄ながら、みんなで考えたほうがいいテーマでもある」と指摘するプレコンセプションケア(妊娠前からの健康管理)と、ライフデザイン(人生設計)を考えるための手がかりを示してくれました。
玉腰暁子さんの講演録
みなさんは、「ライフキャリアの虹」をご存じでしょうか。これは個人のライフキャリア(生き方)を視覚化した図で、アメリカの心理学者ドナルド・E・スーパーが提唱しました。人は生まれてから死ぬまでにいろいろな役割があり、それは人生のそれぞれの時期で重みが変わります。例えば、生まれてからの乳幼児期は「子ども」の役割があり、青年期は「学生」として学び、成人期は「市民」「労働者」として社会と関わりながら働き、「家庭人」として子どもの親となり、老年期は地域の活動に参加するなど、「市民」としての役割が大きくなる……。このように私たちの人生は流れていくというのです。この図を描くことは、過去を振り返り、未来を想像して、人生を考えるきっかけになるのではないかと思っています。
これまでの人生を振り返ると、「やりたいこと」「やれること」「やらなければいけないこと」のバランスはなかなか難しい。それに健康や体力など体の状態はいつでも同じではないので、何かをやるのに適切な時期というのはあるのだろうと思います。特に妊娠は年齢が大きく影響し、女性は20代後半から、男性は40歳から妊娠率が下がるといわれます。それだけではなく、男女ともに年齢が上がるほど、流産しやすく、不妊治療は成功率が下がる傾向があるのです。また、出生時の体重がすごく小さい/大きい赤ちゃんは、のちに生活習慣病などになりやすいこと、そして、正常な体重の赤ちゃんは適正な体重のお母さんから生まれることも最近の研究でわかっています。
だからこそ、プレコンセプションケアが重要になるのです。妊娠を意識する前から、体のことを知って、より良い生活習慣を身につけましょう。それが、妊娠中のリスクを減らし、健やかな出産、産後、さらには赤ちゃんの健康につながります——。このプレコンセプションケアの考え方は、妊娠を望まない人たちにも知っていただきたいです。健康に生活していくのは、誰にとっても大事ですから。ただ、健康は目的ではなく、やりたいことをやるための手段です。これからの人生を考えるための土台として健康を知っていただければいいだろうと思っています。
一人の人生でいうと、生まれてきて年をとっていくわけですけれども、生物としてのヒトでいうと、生まれてきて次の世代を生み出していくというサイクルがあります。なので、自分が満足する人生を生きながら、そのなかで妊娠や出産、自分の体についても考えてみてください。プレコンセプションケアやライフデザインが、みなさんの人生がより豊かになるように考えるきっかけになればいいなと思っています。
【ワークショップ】架空のカップルの人生から、私の人生を考えてみる

撮影:門間友佑
テーブルの上に置かれた一つの箱。「しあわせなしあさって」……? ふたを開けると、クラフト紙の包みに「30代、楽しかったけど 色々あって大変だった。 もっと20代にやっておくこと 考えてもいいかも。」とあります。誰かが何やらちょっと後悔していそうです。*写真|ワークショップツール
「いまから、架空のカップルのライフイベントを引越しする作業をしてもらいます」と、ワークショップの司会進行を務める奥本素子さん(北海道大学CoSTEP准教授)。「このカップルは、《恋人探し》《結婚》《出産》《育児/仕事》《健康習慣》という5つの出来事を30代で経験しました。すごく楽しかったし、充実していたけれど、ちょっと忙しかったなと言っています。みなさん、ライフイベントの移動する/移動しないを考えてみてください」。
参加者は3つのグループに分かれて、次の3つのワークに取り組みました。
ワーク①30代に集中したライフイベントを20代に移動させる【10分間】
結婚や出産、育児、仕事、健康などに関する統計データや研究成果に基づく情報が記された「お助けカード」を使い、グループ内で架空のカップルのもう一つの人生を考えます。
ワーク②架空のカップルの人生をもとに自分の人生を考える【10分間】
「自分だってカード」に「自分だって24歳で結婚したい」と共感したり、「自分だったら結婚はもっと遅くてもいい」と反論したり、自分の率直な意見を書き込みます。
ワーク③自分の人生設計を考える【5分間】
自分のための振り返りとして「リフレクションカード」に、「理想」の人生と、そのための「プラン」、それを阻むかもしれない「障害」を書き出します。
ワークショップ「しあわせなしあさって」
ワーク①では、どのグループも《恋人探し》と《健康習慣》を18歳、《結婚》を24歳、《出産》を27〜28歳に移動させていました。お助けカードに「第一子平均出産年齢30.7歳」とあり、その情報からも《出産》を30歳前後に定めたようです。
24歳での結婚は早すぎるかも……という意見がちらほら聞こえるなか、ワーク②では、「結婚は仕事が落ち着いてからゆっくり考えたい」の遅め派と、「結婚するなら18歳から21歳ぐらいでもいいかも」の早め派の意見が出ました。高校生たちからは、「恋人がほしい!」「27歳までには結婚したい!」という願望と、「若くして子どもを育てる自信がない……」という不安も。また、「そもそも子どもはいなくてもいいかも」という意見もありました。一方、社会人からは「子どもはほしいけれど、キャリア(仕事)の断絶が怖い。育児もキャリアとして認められるといいのに」という声があがります。司会進行の奥本さんから「パブリックな活動は評価されるのに、育児のようなプライベートの活動は評価されないのはなぜだろう」という問いが投げかけられました。
ワーク③は自分だけの時間。人生設計や意見をお互いに共有はしません。それでも、ワークショップの時間を通して、ほかの人の考え方やさまざまな情報に触れ、人生を見つめ直せたのではないでしょうか。社会人は過去を振り返りながら堅実に未来を見据え、高校生はまだおぼろげな未来を手繰り寄せるように想像していたのが印象的でした。
人生は偶然を生かして自分で決めてハッピーに

撮影:門間友佑
ワークショップを終えて小休憩をはさみ、二つ目の話題提供は、北海道大学高等教育推進機構 准教授の石川奈保子さん。専門は教育工学、インストラクショナルデザイン(註1)で、大人がよりよく学ぶための自己調整学習(註2)と学習支援、子ども向けの科学教育を研究しています。その根底にあるのは、どのように学ぶ/教えると、学習する人が知識やスキルをよりよく身につけられるのかという疑問なのだそうです。註1|インストラクショナルデザイン=学習者に最適な効果をもたらすために教育内容を設計すること。
註2|自己調整学習=教育手法の一つ。学習者が思考・感情・行動を調整しながら、目標に向かって主体的に学習する。
講演のタイトルは「ライフデザインは自分で決められる」。ワークショップを踏まえ、ライフデザインを自分で決めるための手がかりを示してくれました。
石川奈保子さんの講演録

撮影:門間友佑
今日は「ライフデザインとは」「『決められる』とは」「不確実な世の中で」「自分の『核』は何か」「失敗に強くなろう」というテーマで、3つのグループワークを交えてお話しします。グループワーク(1)
小学校低学年以下のころ、大人になったら何になりたいと思っていましたか。
・卒園アルバムに書いた夢は?
・よくやっていた遊びは?
まず、ライフデザインとは、将来どんな人生を送りたいのかという構想です。かつては、結婚して子どもを産み育て、年をとって孫ができるという、いわば人生の型がありました。ところが、1990年代ぐらいから社会の構造が急激に変化して、年功序列や終身雇用など日本型雇用形態が崩れてしまいます。それは、夫が職場で働いて、妻が家庭で家事や育児を担うという家族の形を変えました。より選択肢が増え、自分の人生の型は自分で決められるようになったのです。
入学や卒業、就職、転職、退職、結婚、出産、育児、介護、家族の死など、人生の中で起こる大きな出来事をライフイベントといいます。これらを含めて、どんなふうに生きていきたいかを考えるのが、「ライフデザイン」あるいは「キャリアデザイン」です。この場合のキャリアは、仕事や職歴を意味する「ワークキャリア」を包括した「ライフキャリア」を指し、「人生そのもの」「生き方」を意味します。
このキャリアを考える際に必要なポイントが4つあるといわれています。1つ目が、キャリアは過去から現在を経て、未来につながっていくものである。2つ目が、キャリアは人生の中で発達していくものである。3つ目が、キャリアは個人の主体的な選択に基づく。4つ目が、キャリアの良し悪しを決めるのは他人ではなく自分自身である。経済的豊かさや社会的地位など外からの評価である客観的キャリアと、個人の価値観や満足感に基づく主観的キャリアのどちらに重きを置くかは、自分の心で決めるしかないと思います。
グループワーク(2)
あなたは最近どのような仕事や役割をしていますか? 将来やりたいと思っていることは何ですか?
・「やりたいこと」はワークキャリア関連、ライフキャリア関連どちらでも
次に、「決められる」とは何か。「自己調整」という言葉があります。学習に関していうと、自分で方向性を決めて、工夫しながらどんどんやり続けていくことです。このとき、「メタ認知」という能力を働かせて、自分の状態を把握して、行動を制御します。これが、「決められる」の正体であり、誰でもできることなのです。
そうは言っても、不確かな世の中で、自分の意思ではどうにもならないことはたくさんあります。残念ながら、自分で決めてライフデザインを描いても、すべてが思いどおりにはいきません。でも、現実に合わせて調整していけば、理想の将来像は生き続けさせられるでしょう。そのためには、「新たな機会を探索する」「くじけずに努力を継続する」「考え方を柔軟に変える」「機会を実現可能ととらえる」「不確かな中でも行動する」という5つのスキルが必要になるといわれています。うまくいかないときにも心構えや準備をしておけば、チャンスが訪れたときに挑戦できると思うのです。
グループワーク(3)
子どものころの夢と、今の将来やりたいことはどのようにつながっていますか?
・表層的な共通点ではなく、自分の「やりたい!」「こうでありたい!」の核になっている気持ちは何でしょうか?
私は、幼稚園の卒園アルバムに「ピアノの先生になりたい」と書きました。その後、そろばんの先生、小説家、中学校の社会科の先生と夢は変わり、大人になって塾の先生になり、教材開発を手がけ、いまは大学の教員として学生に講義をして、論文を書いている——。私の核は「教える」「書く」で、それを少しずつできるようにしてきたようです。みなさんにとっても、子どものころの夢と、大人になってからの夢が、人生の核なのだと思います。
人生はうまくいくときもあれば、うまくいかないときも何度も、何度もあるはずです。そのとき、成功や失敗の原因を「運」「課題の困難さ」「能力」と考える人よりも、「努力」と考える人のほうが、いろいろなことに挑戦できると、研究で明らかになっています。失敗を恐れず、どんどん挑戦してみて、失敗したときはすぐに頭を切り替えて、そこから学び、自分の成長に生かす力を身につけましょう。ちょっと失敗しても、私たちは立ち直って元気になれます。うまくいかないこと、自分が制御できないことは当然あるけれど、自分の人生は自分で決めていけば、私たちはきっとハッピーになれるのではないかと思います。
まとめ

撮影:門間友佑
ワークショップのはじめに奥本さんがこう言いました。「SCARTSとCoSTEPが取り組んでいるアートと科学は、みんなで考えてもらわなければならない事柄を扱い、正解のないものを追い求めています」。今回のテーマであるコンセプションケアとライフデザインに正解はありません。ワークショップでも正解は求めようがなく、自分なりに考え、ときには誰かと話すことで新たな視点に気づく経験をしてほしいのだといいます。
それでなくとも不確かな世の中では、「正解がない」は不安でもあり、面倒でもあります。それを乗り越えて、自分らしく生きていくための手がかりをたくさん手に入れ、未来が楽しみになりました。
文:一條亜紀枝
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