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令和6年度 SCARTS文化芸術振興助成金交付事業 KITA8NEXT project『エンギデモナイ』観劇レポート

目次

レポート2025年1月21日(火)

令和6年度 SCARTS文化芸術振興助成金交付事業 KITA8NEXT project『エンギデモナイ』観劇レポート

令和6年度 SCARTS文化芸術振興助成金交付事業 KITA8NEXT project『エンギデモナイ』観劇レポートイメージ
2024年12月6日から始まった全15公演が盛況のうちに幕を下ろした
KITA8NEXT project『エンギデモナイ』。
「演劇のまち」を目指す札幌の人材育成プロジェクトとしても
新たな一歩を踏み出しました。
初日の観劇レポートと合わせてプロジェクトの概要をお届けします。

観劇のハードルを下げ、次世代の演劇人も応援するジョブキタ北八劇場

令和6年度 SCARTS文化芸術振興助成金交付事業 KITA8NEXT project『エンギデモナイ』観劇レポートイメージ

「大人になってから一度も演劇を見に行ったことがない」という人は、決して珍しくありません。きっかけがない?興味が持てない?もしかすると、何を見たらいいかわからない?

さまざまな理由が思い浮かびますが、それらのハードルを大きく下げてくれる劇場が、札幌駅北口にあるジョブキタ北八劇場。20245月にできた新しい民間の劇場です。

客席は2フロアの226席。どこに座っても役者の表情がよくわかる、観劇初心者にも優しいコンパクトなサイズが魅力です。

そしてこの劇場が優しいのは、観客にだけではないようです。劇場の開業と同時に次世代の演劇人を育成する「KITA8NEXT project」がスタート。担い手育成のホームグラウンドとしても熱い注目が集まっています。

札幌市における文化芸術活動の振興とさらなる発展を目的に、令和4年度から始まった「SCARTS文化芸術振興助成金交付事業https://www.sapporo-community-plaza.jp/scartsgrant.html)」は、このKITA8NEXT project『エンギデモナイ』(申請者:一般財団法人 田中記念劇場財団)をサポート。

「札幌の「演劇のまち」としての一層の活性化が期待される」「一つの公演のための単発の活動ではなく、育成における継続性や発展性がみられる」などの理由から令和6年度の特別助成事業として採択し、その活動費用の一部を支援しました。

こうしたさまざまな期待を受けて、KITA8NEXT project1『エンギデモナイ』の全15公演が2024126日から15日にかけて行われました。

78日間のワークショップを終え、総勢27人で3チームを編成

令和6年度 SCARTS文化芸術振興助成金交付事業 KITA8NEXT project『エンギデモナイ』観劇レポートイメージ

上演初日の12月6日、開演20分前に北八劇場に足を踏み入れたとたん、「えっ」という驚きとともに視線は舞台に釘付けに。舞台上にはすでに7、8人の役者たちが座っており、思い思いに談笑している光景に出迎えられました。
今回の演目である『エンギデモナイ』は、ジョブキタ北八劇場の芸術監督であり、演劇ユニットELEVEN NINES(イレブンナイン)代表の納谷真大さんが2005年に初演した作品。2013年の札幌演劇シーズンでの再演以来、11年ぶりの上演です。

物語は、とある劇団が上演に向かうまでの稽古場を軸に、才能の枯渇に苦しむ主宰兼脚本の千石義彦の葛藤や、稽古場となったビルの管理人でちょっといい加減な性格の鈴木次郎が巻き起こす新風を織り交ぜながら進んでいく、という設定です。
「演劇」自体がテーマの演劇を上演するという二重構造と、開演前から舞台上で「稽古」が始まるのを待つ若者たちの姿に自然と期待が高まります。

そしてこの役者たちこそ、2024年1月から3月にかけて開かれた北八劇場トレーニング・ワークショップに参加した本プロジェクトの主役たち。
78時間のワークショップを共有し、そこから本番参加に手を挙げた希望者と追加オーディションで選ばれた若手が、新しい劇場で自分たちの可能性を開花させようとしています。

さらにユニークな試みは、『エンギデモナイ』の役者たち総勢27人が赤・青・黄色の3チームに分かれ、役者によっては他のチームで別の役を演じるという日替わり編成だというところ。役者は役が増えることで作品理解が深まり、観客も同じ芝居でも役者が変わるとどう見えるのか、新鮮な観劇体験が待っているのです。

気がつけば、納谷さんが厚い信頼を置くギタリスト山木将平さんが舞台左側のポジションに付いていました。山木さんはこの再演のために書き下ろした曲の生演奏で、1時間50分の上演に寄り添います。
じきにギターの音色が高まっていき、いつの間にか無人になっていた舞台が暗転。いよいよKITA8NEXT project 『エンギデモナイ』公演初日・赤チームの幕が上がります。

「ちゃんと芝居しろよ!」虚実入り乱れる役者たちの物語

令和6年度 SCARTS文化芸術振興助成金交付事業 KITA8NEXT project『エンギデモナイ』観劇レポートイメージ舞台の照明がつくと、まず初めに稽古場の管理人・鈴木次郎が、続いて妹の夏美が登場します。兄妹を演じるのはELEVEN NINESの役者たち。行く宛てがなく妹の家に転がり込んでいる次郎を明逸人さんが、恋人を献身的に支える夏美を坂口紅羽さんが演じ、若手メンバーを舞台上でもバックアップ。
稽古場組にもベテラン俳優の宮沢りえ蔵さんが参加し、主宰の千石と最も長い付き合いである山藤役と重なるように舞台に安定感をもたらします。

次に場面が変わると、そこはどうやら喫茶店のよう。宮沢さんが演じる、妹から彼氏を紹介されるのを渋々待つ兄の姿がやや大げさに描かれていると思ったら突然、「なんだよそれ!ちゃんと芝居しろよ!」という怒声とともに「稽古」が中断。
この劇団の主宰者である千石の厳しいダメ出しが始まり、役者たちはその叱責に萎縮したり、ある者は不満そうな顔を見せたりとそれぞれのキャラクターが浮かび上がってきます。

この劇団員の人間模様と鈴木兄妹の行く末が絡み合う中、時折ハラスメントやカミングアウト、SNSの炎上など約20年前の初演時にはなかったであろう現代的な話題が盛り込まれ、物語のいいスパイスに。
また役者が身につけるニットやバンダナなどの衣装・小道具にチームカラーの赤が差し込まれ、視覚的にもチームの一体感を生み出していました。

一方、舞台装置はドアにも窓にも見立てることができる四角い枠が数枚吊り下げられているだけ。この枠を役者自らが舞台袖で上げ下げし、場面転換をはかります。稽古場と千石の自宅などを行き来する段取りがちゃんと頭に入っていないと、他の役者に迷惑をかける可能性もゼロではありません。せりふを言っていないときにも集中力が求められる演出です。

物語の終盤、登場人物たちの見栄や虚勢が少しずつ剥がれ落ち、皆が待ち望んでいた「ご対面」のとき。虚実入り乱れた役者たちのぶつかりあいを観客は食い入るように見つめます。
そして最後は軽い冗談感覚で聞き流していた、とあるフレーズの真意がじんわりと皆の心に染み渡っていくタイミングで『エンギデモナイ』公演初日は無事に終幕。
物語上の役者たちとそれを演じたKITA8NEXT projectメンバーの双方に向けて、大きな拍手が送られました。

初舞台の感想が飛び交うアフタートーク、好きなせりふはあの一言

上演後アフタートークがあり、芸術監督の納谷真大さんが役者一人一人に今日の感想を聞いていきました。皆、口々に「緊張しました」「楽しかったです!」と振り返るなか、納谷さんに「トミヤマくんは(お客さんに)愛されてたよね!」と言われたのは、この日が本格的な劇場初舞台となった神成悠平さん(写真右)です。

物語の劇団員中ただ一人のタイ人であり、周囲にゲイであることをカミングアウト済みのトミヤマくんは、いわゆる狂言回しのような役どころ。せりふの中で出てくる「出トチ」(役者が出番のタイミングをトチること)や「if not」(想定外の事態も視野に入れて役づくりをすること)などの演劇の専門用語が出てくるたびに、「◯◯とは、こういう意味なのでアール!」と観客に向かって朗らかに解説する姿に何度も笑いが起きていました。
初舞台の感想を聞かれたときも「…舞台、出てましたよね?ボク」と半信半疑で答える姿に共演者たちが一斉に「出てた!」「出てたよ!」と突っ込み、ひときわ大きな笑いを巻き起こしていました。

その神成さんが翌日の青チームでは今日とは全く異なる劇団員矢部タケシ役を演じるという説明があり、客席は興味津々。また、客席からの質問「好きなせりふは?」に、この日劇団員のトシキ役を演じた菊池颯平さんが「主宰の千石にダメ出しばかり受ける役者の矢部がキレて“できねえかもしんねえけど必死にやってんだよ!”と言うところ」をあげると、納谷さんが「いつもボクにそう思ってんのやな」と返し、笑いを誘います。
実はこのせりふはかつて劇団・富良野塾に在籍していた納谷さんが、師と敬う劇作家・倉本聰さんのことを思い浮かべながら書いた一言なのだとか。
役者の気持ちもわかりすぎるほどわかる納谷さんの脚本に、現代の20代が共鳴する。演劇人たちの心のバトンをつなぐ一言だったようです。

こうして心地良い緊張と笑いに包まれた初演から始まり、全15公演を終了したKITA8NEXT project『エンギデモナイ』。
SCARTS文化芸術振興助成金交付事業の助成を受けたことについて、「劇場単独では行き届かなかった幅広い方々に向けて、本公演・事業の趣旨や劇場の取り組みについて周知でき、同時に実際に公演に取り組む関係者全員が本公演の趣旨や目的を強く意識して劇創作・制作に取り組むことができました。記念すべき第1回目公演の照明・音響・舞台美術・広報宣伝にしっかり取り組めたことが大変ありがたかったです」と振り返ります。

「今は荒削りですが、彫刻のようにこれから丁寧に時間をかけて若い人たちの可能性を形にしていきたい」という納谷さんの言葉通り、「演劇のまち」札幌の未来を盛りたてる人材育成プロジェクトは始まったばかりです。
それは同時に若き演劇人たちの成長を見届けるという観劇の楽しみを広げてくれる試みでもあるのではないでしょうか。次にまた北八劇場の扉を開けるのが待ち遠しいKITA8NEXT project、今後もぜひご注目ください。

(執筆:佐藤 優子)