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2026年1月6日(火)

札幌文化芸術劇場 hitaru

違和感が個性になる: 「hitaru劇評入門」2025レポート

文=佐久間 泉真

 

札幌文化芸術劇場 hitaru が主催する「hitaru劇評入門」が、2025年11月30日(基礎編)、12月7日(実践編)、8日(特別レクチャー編)の3日間にわたって開催されました(基礎編・実践編は2講座セットでの参加必須、特別レクチャー編は単独でも参加可能な内容で開催)。 この企画は、演劇を観て感じたことや考えたことを「劇評」という形で表現する力を養う、公開講座 です。基礎編・実践編の参加者は18名、特別レクチャー編の参加者は45名でした。
基礎編・実践編の講師を務めたのは、札幌出身で演出助手・演出進行として活動する丹治泰人さん。特別レクチャー編では、演劇ジャーナリストの徳永京子さんを迎えました。
丹治さんは、札幌では劇評を書く文化がまだ十分に広がっておらず、観劇後の感想も「面白かった」という言葉に留まることが多いと語りました。創り手の技術向上や演劇文化の発展には、より具体的な言葉が必要だといいます。徳永さんは、劇評を「誰かの作品を見て、自分だけの言葉を見つける」間接的表現行為だと説明します。劇評は、観客と創り手をつなぎ、演劇をより豊かにするための重要な営みだという認識が、3日間を通じて共有されました。
題材となったのは、「ゆうめい」(本拠地:東京)の結成10周年記念公演『養生』。読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞した作品で、12月6日・7日にクリエイティブスタジオで上演されました。
本レポートでは、3日間の講座の様子をご紹介します。

違和感が個性になる: 「hitaru劇評入門」2025レポートイメージ画像1



第1部:基礎編(11月30日)


違和感が個性になる: 「hitaru劇評入門」2025レポートイメージ画像2

基礎編では、劇評に関する基本的なレクチャーとして、劇評の意義と役割、感想との違い、観劇時の着眼点について学びました。丹治さんは、劇評は札幌の演劇文化をサステナブルなものにするための重要な手段でもあると説明します。
その具体例として、丹治さんは2つのポイントを挙げました。1つ目は、作品を観ていない人へのアーカイブとしての役割。2つ目は、演劇関係者への技術向上の啓発につながる役割です。丹治さんは「褒めて伸びるのは技術ではなくモチベーション」と指摘し、創り手には見えない視点を観客が提示することで、次回作へとつながる改善点が明確になるといいます。劇評は単なる批判ではなく、創り手への労いを含んだ、作品をよりよくするための善意の提言です。
また、「感想」と「劇評」の違いが整理されました。感想は知人・友人との間で感動を共有するものである一方、劇評は劇を観ていない読者も想定して書かれ、第三者目線での批評を伝えやすく、次回の集客にもつながる効果があると説明しました。
劇評を書くにあたっては、作品のどこに注目して観劇するかも重要です。レクチャーでは、自分の主観を大切にする観客目線(「外」から観る)と、演出や俳優、他スタッフの技術に注目した創り手目線(「内」から観る)の両方が示されました。
基礎編を通じて印象的だったのは、丹治さんが劇評を書くことへのハードルを意識的に下げようとして話されていたことです。「劇評は批判ではなく、私はこう受け取りました、という評価である」と語り、劇評を身近で実践可能なものとして提示していました。
なぜハードルを下げることが重要なのか。丹治さんの意図は明確です。札幌では劇評を書く文化が十分に根付いていません。演劇公演を一度きりのイベントで終わらせず、劇評を通して継続的な観客と創り手の対話を生み出していく。そのためには、劇評を特別な人だけのものではなく、誰もが始められるものとして提示する必要がありました。この姿勢は、丹治さんが繰り返し語った「サステナブルな演劇のために」という理念と深く結びついています。

 


第2部:実践編(12月7日)

違和感が個性になる: 「hitaru劇評入門」2025レポートイメージ画像3

1週間後の実践編では、参加者が事前に『養生』を観劇した上で集まりました。作品について互いに感想を共有し合い、実際に劇評を書くための第一歩を踏み出すことが目的です。
丹治さんは、劇評を書く際の最初のステップとして「まずは単語を書き留める。最初から文章にする必要はない」と語り、終演後できるだけ早いタイミングで、自分が感じた言葉をメモすることが重要だといいます。まず思い出されるものを書き(描写)、その後にそれがなぜ思い出されたかの理由を説明する。この流れだと書きやすいと提案しました。
また、丹治さんは劇評のトピックとして「納得」「共感」「発見」の3つを挙げました。作品を観て「なるほど」と納得したこと、「わかるわかる」と登場人物に共感したこと、「え?」と違和感を感じたり新たに発見したことを探していくことで、自分なりの視点が見えてきます。
作品『養生』については、参加者からは多様な感想が語られました。「道具を本来の用途とは違うものに見立てていたのが面白かった」という演劇ならではの着眼点がある一方で、「登場人物が10年間もぐずぐずしていることにモヤモヤを感じた」といった人物描写に対する率直な違和感も語られました。同じ作品を観ても、参加者それぞれが異なる視点を持ち、異なる言葉で感想を語る。一人一人が感じたこと、選んだ言葉が、劇評の「個性」となっていくのだと感じられました。
最後に丹治さんは、参加者に実際に『養生』の劇評を書いてみることを課題として提示しました。感想の共有を通じて、すでに劇評の種は芽生えています。書いた劇評は、後日丹治さんからのフィードバックを受けることができます。

 

第3部:特別レクチャー(12月8日)
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翌日12月8日19時、演劇ジャーナリストの徳永京子さんによる特別レクチャーが開催されました。年間340本もの演劇を観るという徳永さんならではの視点で、劇評の本質と現代演劇の潮流について語りました。

劇評の特殊性と観劇の視点
徳永さんはまず、劇評の特殊性を説明しました。小説や詩と違い、劇評は「他人が書いて、演出して、演じた表現をもとに書く」間接的表現行為だといいます。さらに、映画評や書評と違い、演劇は基本的に1回観た記憶だけで書かなければなりません。作品の誕生と観る体験の間に時間差がなく、その生々しさゆえに、創り手との客観的な距離が取りにくいことが特徴と説明しました。
徳永さんが劇評を書くにあたり重要であるという「没入」と「俯瞰」、そして「違和感」という3つの視点は、特に興味深いものでした。人間は自然に没入と俯瞰のスイッチを切り替えており、それをほんの少し意識するだけでいいといいます。没入した時に「何でこんなに引き込まれてるんだろう」と少し距離をとって考える。俯瞰した時に「何が没入できない原因なんだろう」と深く覗いてみる。その際に大切なのは「違和感」を見つけることです。登場しない人物の名前が会話に出てきた、急に早口になった、不自然な反応をした……そうした「ん?」というポイントに、なぜここに違和感を感じたんだろうかと理由や必然性を探していきます。「皆さんが感じた違和感こそが、皆さんの個性になるはずなんです」と徳永さんは語りました。
違和感の答えを作品の中に見つけ、自分の言葉にすること。そのプロセスを通して自分だけの表現が見つかった時に、代え難い快感が生まれます。そして、その言葉は創り手に届き、読者にも届き、作品を観ていなかった人の心もざわつかせる、それが劇評の力です。
この徳永さんの視点は、丹治さんが基礎編で語った「外」から観る目線と「内」から観る目線に通じるものがあるように思われます。また、「納得」「共感」「発見」のうち「発見」は「違和感」と深く関わっているといえるでしょう。基礎編・実践編で丹治さんが提示した実践的な技術と、特別レクチャーで徳永さんが語った本質的な視点が、こうして響き合っていたように感じられました。

現代演劇の潮流と札幌の演劇
休憩を挟んだ後半では、ゆうめいをインデックスとして、現代演劇の新しい動きが6つのキーワードで語られました。「集まる」「平等」「シェア」「自立」「エコロジー」「継続」です。
徳永さんによると、コロナ以降、首都圏の若い世代を中心に演劇界が変化しているといいます。団体の枠を超えて集まり創作の悩みを共有する、団体内の固定化された役割を見直す、稽古場や演出ノートを公開して知識を共有する、ライフステージが変わっても演劇を続けられる公演設計の工夫が進むなど、多様な変化が起きています。
特に「シェア」について、徳永さんはヌトミックの額田大志さんが『ガラスの動物園』演出後に公開した約8000字の「演出ノート」を例に挙げました。「 これから『ガラスの動物園』を上演する人たちの役に立てばと、事細かに演出プランを解説しているんですよ。とんでもない知のデータです。それなのに無料なんです」。

徳永さんが語ったのは、あくまで首都圏を中心とした動きです。しかし、こうした話を聞いていると、自然に「では、札幌の演劇はどうだろうか」という問いが浮かんできます。徳永さんの分析を手がかりに、改めて自分たちの環境を見つめ直してみました。
「集まる」については、団体の枠を超えた情報共有や話し合いの場が20〜30代の若い世代を中心に見られ、この点では全国の動きと共通しています。
一方、「シェア」については差異が見られます。札幌でも稽古場見学を実施している団体はありますが、徳永さんが挙げた演出ノートや実験的な取り組みのように、共有知として公開する動きはあまり見られません。ここに、丹治さんが指摘する「札幌に劇評文化が根付いていない」という問題との繋がりが見えてくるのではないでしょうか。知識のアーカイブ化や情報の公開という文化が、劇評も含めて十分に育っていない可能性があります。
「継続」というキーワードも、丹治さんの語る「サステナブルな演劇活動」と重なります。hitaruのような公共劇場が劇評入門講座を開催するなど、公的な支援の下で演劇文化を育てる動きはあります。しかし、出産や子育て、あるいは仕事との両立についての議論や仕組みづくりが、札幌で十分にされているかは検証に値するでしょう。

結び
3日間の「hitaru劇評入門」は、劇評の書き方を学ぶだけではなく、持続可能な演劇のあり方について考える機会でもありました。
丹治さんからは、劇評が「面白かった」という感想を超えて、作品の何が良かったのか、どう改善できるかを具体的に伝える手段であることを学びました。観客の言葉が創り手の次の一歩につながる。そのサイクルが演劇をサステナブルなものにしていくという論点が印象的でした。
徳永さんの特別レクチャーでは、「没入」と「俯瞰」そして「違和感」という観劇の視点を学ぶと同時に、首都圏で起きている演劇界の変化についても知ることができました。特に「シェア」というキーワードは、稽古場や演出ノートを公開して知識を共有する動きを指していましたが、札幌ではまだそうした文化が十分に広がっていないように感じます。劇評を書く文化が根付いていないという丹治さんの指摘とも重なる部分があるかもしれません。
この講座を通じて、劇評とは観客と創り手をつなぐ対話であり、演劇文化を豊かにする営みだということが共有されました。同時に、全国の演劇界の動きを知ることで、札幌という土地で演劇を続けていくために何が必要なのか、観客と創り手はどう関わり合えるのか、そうした問いについて考えるきっかけにもなりました。


佐久間 泉真
俳優・劇団制作。1998年、北海道稚内市生まれ。中学時代に弦巻楽団の演技講座に参加し、2020年より同劇団に所属。制作者として公演運営に携わるほか、俳優としては『ナイトスイミング』(201420172022)、『ワンダーランド』(2019)、『死と乙女』(2023)などに出演。
2017年には札幌の演劇情報ウェブメディア「d-SAP」を立ち上げ、2023年に行政書士事務所を開設。2024年からは市内中学校演劇部の部活動指導員を務めるなど、劇団活動と並行して多岐にわたって活動している。