本文へスキップします。

札幌市民交流プラザ

札幌市民交流プラザ ロゴ

札幌市民交流プラザ

ここから本文です。

お知らせ

2025年1月13日(月)

札幌文化芸術劇場 hitaru

中高生向け演劇ワークショップレポート
「わかりあえないことから」を体験する。

文:松田仁央

12月7日~8日にクリエイティブスタジオで上演された、青年団による子ども参加型演劇『サンタクロース会議』。公演に先駆けて、作・演出の平田オリザさんによる講演会と中高生向け演劇ワークショップ(以下、WS)が11月2日~3日に開催されました。著書『わかりあえないことから ーコミュニケーション能力とは何か』(講談社現代新書)を下敷きに「演劇を活用したコミュニケーション」事例が紹介された講演会も、事例の内容をリアルに体験できるWSも、大盛況のうちに終了。本レポートではWSの様子をお送りしますので、ぜひ最後までお楽しみください!

「どんなつもりで言っているのか」に生じるズレ

中学生17名、高校生16名が参加したWSは、前半がコミュニケーションゲーム、後半は配布されたテキストの実演という構成でした。最初のエクササイズは、声を出すゲーム。質問が「好きな果物は?」であれば、自分の答えを言いながら同じ果物を見つけて集まります。この日の参加者から特に指摘はなかったようですが、小学生だと「メロンやスイカは果物じゃない」という意見が出るし、韓国ではトマトが挙がるそうです。「答えは年齢や国によって違ってきます」とオリザさん。
中高生向け演劇ワークショップレポート「わかりあえないことから」を体験する。イメージ画像1
次は身体で信頼関係を築いていくゲーム。相手を背中に乗せて揺らすなど、一方は相手を支えることに集中し、一方は相手を信頼して身を委ねることが必要になるため、チーム競技のメンタルトレーニングや更生プログラム等にも採用されているアクティビティです。ここで強調されていたのは、心と身体の関係について学ぶ大切さ。「相手に身を委ねる」経験と「信頼」とを結びつけるこの種のゲームはマインドコントロールにも使われるため、知識がないとコロッと騙されてしまう危険性があるのだとか。また、こういったゲームは部活を楽しくするために行うものであり、うまくできることを目的化してしまうと本末転倒のため、取り入れ方に注意ということでした。

次は演じるゲームです。ある言葉に対するイメージが人によってバラバラであることを体感するとともに、「相手がどんなつもりでそれを言っているのか」を探らないと勝てない仕掛けになっています。これは後半でも重要になるポイントですので、覚えておいてくださいね!

次は演劇の原理である「イメージの共有」を試みるゲーム。キャッチボールや長縄跳びを使いながら、個人の経験差などによって「イメージには共有しやすいものと、しにくいものがある」ということを体感していきます。

イメージが一番共有しにくいものは、私たちが普段見ることのできない「人間の心」です。その「人間の心」のイメージを、言葉と身体を使いながら共有するゲームが演劇であるという説明に納得!これまでのゲームで体感したように、言葉からイメージするものが人によってバラバラである以上、それを共有するためには工夫が必要です。工夫の振り幅を広げた方が可能性が広がるため、稽古ではいろいろなことを試す勇気と、その勇気を認め合う雰囲気をつくることが大切だとオリザさんは話します。

そして、いよいよテキストの実演へ。ここでは「旅行ですか?」という何てことのないセリフがキーポイントとなります。オリザさんによると、台本に書かれているような状況で実際に見ず知らずの他人に声をかけるかどうかを日本人に聞くと、「声をかける」と答える人は一割だそうです。ところが国によってはそれが真逆の割合になるそうで、「旅行ですか?」という言葉一つとっても「どんなつもりでそれを言っているのか(=文脈/コンテクスト)」は、性格はもちろん国民性や文化風土によって異なってくる(=ズレが生じる)と話します。

では、声をかけない人が大多数の日本で「旅行ですか?」が自然に出てくるためには、どのような状況が考えられるでしょうか?オリザさんがいくつか具体例を紹介し、補助線としてのセリフを4行ほど加えると、「旅行ですか?」がずいぶん言いやすくなるではありませんか!その後、グループに分かれて時間をとり、各グループごとの補助線追加バージョンを実演しました。
中高生向け演劇ワークショップレポート「わかりあえないことから」を体験する。イメージ画像2
ちなみに、自分が一番笑った発表は以下のバージョンです。

ーーーーーーーー
隣の席に座ったCがとても暑そうにしているので、Bが「窓を開けますか?」と聞くと、Cが「あ、いえいえ、私脱ぎますね」と言う。

Cがどんどん服を脱いでいく。Aが思わず顔を窓の外に向け、Bが「そこまでは!」とCを止める。

「慣れてなくて...」と謝るC。目のやり場に困るAに対してBがイラつき、Aは気まずさから「えーと、旅行ですか?」と聞く。

ーーーーーーーーー

最後にオリザさんから各グループの発表に対する講評があり、20分ほどの質疑応答を経て、4時間にわたるWSが終了。
中高生向け演劇ワークショップレポート「わかりあえないことから」を体験する。イメージ画像3
最初のコミュニケーションゲームで実感した「文化的な背景が異なる者同士の間に生じるイメージのズレ」は、その後のゲームでも「経験や感情の差異から起きるイメージのズレ」として、中高生の間に何度も浮上しました。相手が「どんなつもりでそれを言っているのか」を考え、自分との間にズレがあるなら、スムーズにいくよう補助線を考えてみる。今回のWSを見ていると、文脈のズレを探って、その補助線を考えるプロセスこそが、とても豊かで楽しい行為に思えます。

異なる考えや文化を持つ他者とのコミュニケーションは往々にして一筋縄では行かず、疲弊することもしばしば...という実感を持つ自分にとっても、「補助線を引く」ことの大切さ、豊かさを教えてもらった大切な時間となりました。安易に「分断」と言ってしまう前に、共有するための工夫を考えることもできるのではないか。そんなヒントをもらえた気がします。

最後になりますが、字数の関係で講演会の内容を紹介できなかった代わりに、冒頭でも触れたオリザさんの著書『わかりあえないことから ーコミュニケーション能力とは何か』を強くお勧めして、本レポートを終了したいと思います。「わかりあえないこと」を前提に他者とコミュニケーションをとるタフさは今とても必要な力だと思うので、ぜひ読んでみてくださいね!

松田仁央

ライターとして札幌の芸術文化を中心に取材・執筆。2017~2019年にはEU・ジャパンフェスト日本委員会やボランティア・ブリッジ・プロジェクトの助成を受け、シビウ国際演劇祭や欧州文化首都マテーラでの数週間のボランティア・プログラムに参加。2019年5月には「札幌市こどもの劇場やまびこ座」プロデュース人形劇『OKHOTSK オホーツク 終わりの楽園』東欧3都市ツアーに同行し、取材と通訳補佐等を行う。2023年5月より札幌市のコミュニティ通訳。現在はAI データ・アノテーションの仕事にも携わる。
http://www.freepaper-wg.com/  外部リンク