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2020年10月14日(水)
札幌文化芸術交流センター SCARTS
アーカイブ:
Collective P -まちとプラザをつなぐ搬入プロジェクト-
「「Collective P」について。 」
五十嵐淳(建築家)
「Collective P」について。
「札幌市民交流プラザ1周年事業」の中の1つの企画として、まちづくりプランナーである酒井秀治氏と建築家である僕との共同でテーマに取り組んでほしいとの依頼であった。
札幌市民交流プラザは今まで札幌市の都心部には無かった公共的な芸術文化施設である。アートの展示スペースの他に劇場や図書館、飲食などがある複合的な空間であり、上層部分には民間企業やテレビ局も混在している。札幌市は約200万人の都市でありながら、中心部に現代美術館が無い稀な都市であった。近代美術館や劇場などはあったものの気軽に立ち寄れるようなパヴリックスペースではなかった。このような背景があり札幌市民交流プラザへの期待は計画段階から市民の関心を集め、施設のあり方についての意見交流会なども開催されていたし僕も参加していた。
そのような期待の中で完成した市民のための居場所は、ホールなどのパブリック空間にテーブルや椅子・ベンチなどを積極的に配置することにより人で溢れ賑わう施設となり、図書館も座席は常に満席である。単体の美術館では実現出来なかった市民の利用率の高い公共性を獲得した点においてとても評価できる場である。
提案を考える上で、札幌市民交流プラザは敷地であるといえる。そして「搬入プロジェクト」という要件が我々に与えられた。さらに施設の1周年を記念する企画である点が大きなテーマであった。建築に例えると「敷地」と「条件」となる。建築の設計に限らず、まちづくりにおいても敷地含めた現状リサーチと諸条件の解読から作業をはじめる。今回、僕は初めて「搬入プロジェクト」の存在を知り、過去の資料やインターネットなどにより解読を始めた。すると、とても建築的なプロジェクトであることが分かり、発案者の経歴を拝見することで、とても腑に落ちた。
僕は今では建築家などと偉そうに名乗ってはいるものの、もともとは実家の家業であった工務店の手伝いから設計を始めた身としては、余計にこのプロジェクトをある意味で身近に感じることが出来た。
ゼネコンなどの大手施工会社では工程計画から監理までをかなり厳密に実行する。なぜなら公共建築や巨大建築の現場では、トラブルやミスは絶対に許されないからである。しかし小さな工務店が請け負う小さな工事現場ではトラブルやミスが起こることがある。それはクライアントに迷惑をかけるようなトラブルやミスのことではなく、「搬入プロジェクト」が「醍醐味」と捉えているような出来事と似た出来事が、わりと頻繁に小さな現場では起こり得るのである。
例えば大きなガラスが予想より巨大で重く、職人が四、五人、様々なハプニングを乗り越えて窓枠まで辿り着き設置したり、大きな梁や大きなテーブルが・・・というようなハプニングが起きたりするわけである。図面や模型で寸法を確認しつつ、モノの動きや労働者の動きをイメージしていても不思議と現場では色々なハプニングが起こるのである。僕の苦い経験を紹介すると洗濯機のメーカー名と品番を事前に確認し図面で厳密に搬入検討をしていたにも関わらず、設計の寸法をギリギリに攻め過ぎ、数センチ施工が図面と一致していなかったため止む無く壁を一度壊し搬入後に再構築したことがある。様々な現場でのハプニングを経験してきたので、乗り越えた時の現場の雰囲気などは言うまでもなく素晴らしい。
この「搬入プロジェクト」という「条件」を前提に「札幌市民交流プラザ」という「敷地」を読み解いていった。最初に述べたように札幌市民が待ち望んでいた公共性の高い文化施設が都心部に生まれた。
メインエントランスの風除室入口の自動ドア幅は2.25m(有効幅2.06m)、高さ3mである。風除室の天井高さは5mあり、風除室を抜け13.5m奥に進むと天井高さは18mとなり、空間奥行きは70mの大空間となる。最終的な2階搬入設置場所は幅10.05m×奥行6.3m×高さ10.6mの空間である。施設南側には札幌市内でも有数の交通量を誇る北1条通りがあり、東側には石狩街道とよばれる交通量の多い通りがある。北側の通りも比較的交通量が多く、西側の道路は北から南への4車線一方通行道路である。
主に建物寸法と道路について述べたが、この条件を元に「搬入プロジェクト」での醍醐味を実現するための「物体」の「大きさ」や「形態」を考えてみた。断面の大きさは入口の寸法により想定は容易であるのと、過去の「搬入プロジェクト」で実践された形態によりイメージし易い。建物周辺の歩道は広めで道路も十分に広い。道路使用許可等を得て巨大物体を振り回すことは可能である。風除室とその奥の13.5mほどの距離は5mの天井高さが続く。18mに比べると低く感じるが住宅2階建吹抜けくらいの天井高さである。18m天井高さの大空間でハプニングのような醍醐味を体験しようとすると複雑な形態にした場合でも長さ25mから50mくらいは必要だと考えられた。過去の「搬入プロジェクト」でも体育館や大きな公共施設に搬入した例もあり、従来の「搬入プロジェクト」の方法でも醍醐味を実現出来ることは想像できた。さらにあえて市民交流プラザの狭い裏動線などからの搬入も考えた。それは地下から展示室や劇場へ搬入するルートである。
このように解釈を進めるうちに幾つかの違和感が生まれた。
著作権を完全放棄した「搬入プロジェクト」を、物体の色や素材や形態や寸法や搬入方法に多少の変化は起こるとしても、オリジナルの流れにそって実践することへの意味に対する違和感。
模型と図面により巨大な物体が建物の中に入ることを確認しているにも関わらず、ハプニングなどの醍醐味を自作自演で演出しているように見えることへの違和感。これは建築現場でリアルなハプニングを幾度となく経験してきた僕には特に大きな違和感である。
ボランティアを募る場合、そもそもアートに興味がある人が集まるのは仕方がないのだが、アート好きな人のための身内感のある小さなくくりでの世界観になることへの危惧。
ここでの違和感は「搬入プロジェクト」に対する否定的な意味ではない。むしろ著作権放棄により、全く別のジャンルの作家が(今回の場合、建築家とまちづくりプランナー)、世界中の多様なコンテクストの中で、どのように「搬入プロジェクト」を解釈し、変化や刷新が展開し、新しい「搬入プロジェクト」が生まれるのかへの期待感のような感覚である。地球上の生物がそうであったように、多様なコンテクストにより多様な変化や進化を繰り広げられるような状態。変化や刷新が起こったとしても「搬入プロジェクト」には人間の本能のある部分に働きかける根源的な解釈が含まれていることへの共感。
札幌市民交流プラザ1周年の企画としての「搬入プロジェクト」の別の形を見つけたいと考え始めた。より広く多くの市民に開かれた公共空間であることへの気付きと発見、そしてキッカケとしてのプロジェクトを模索した結果、次の具体的な事柄が発見された。
製作場所を市内へ分散配置し、作業風景を市民に広く見てもらうこと。分散製作したパーツを、公共交通機関と地下道等をつかい運ぶことで市民に広く見てもらうこと。市民交流プラザに搬入し共同で組み立てる風景を広く市民に見てもらうこと。組み立てられた物体に市民に触れてもらうこと。解体後に8割の素材を土木資材として再利用し、2割を交流プラザ内に分散配置し家具として使ってもらうこと。小さなピースの集合体が生まれるイメージ。
これらの具体的な事柄は今回のコンテクストである「搬入プロジェクト」をベースとした発見であることは紛れもない事実である。「搬入プロジェクト」には人間の本能のある部分に働きかける根源的な解釈が含まれていると書いたが、今回の「Collective P」にはそれが間違いなく含まれていると考えている。つまり「Collective P」は間違いなく「搬入プロジェクト」の再解釈から生まれた。札幌という生態系と2人の作家を通して生まれた、「搬入プロジェクト」の多様な形の1つの枝の葉のようなプロジェクトであったと考えられる。
五十嵐淳(建築家)
アーカイブ: Collective P -まちとプラザをつなぐ搬入プロジェクト-
●記録写真(特設ウェブページ)
https://collectivep.tumblr.com/
●記録動画(Youtube)
https://youtu.be/DKxtqOX84Ds
●寄稿
「Collective P」について。
五十嵐淳(建築家)
札幌を訪ねて
島貫泰介(美術ライター/編集者)
搬入プロジェクトの行く末
石川卓磨(悪魔のしるし/建築家)
「搬入プロジェクト」オープン化の経過とわたしたちが死んでないという問題
金森香(悪魔のしるし 企画・プロデュース)
●SCARTSシンポジウム アートセンターの未来 (2020.2.24座談会)
「Collective P -まちとプラザをつなぐ搬入プロジェクト-」から考えたこと
酒井秀治(まちづくりプランナー/(株)SS計画代表取締役)
●ふりかえりトークイベント(2019.10.5 ※トーク抜粋)
五十嵐淳、酒井秀治、岩田拓朗(SCARTSテクニカルディレクター) ゲスト:小野風太(札幌市交通局)
※近日公開予定
●SCARTS CROSS TALK vol.7(2019.9.25公開、対談記事)
境界線は、どこにある?居場所をつくるアートプロジェクト
五十嵐 淳×酒井 秀治×矢倉 あゆみ(SCARTSコーディネーター)
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「札幌市民交流プラザ1周年事業」の中の1つの企画として、まちづくりプランナーである酒井秀治氏と建築家である僕との共同でテーマに取り組んでほしいとの依頼であった。
札幌市民交流プラザは今まで札幌市の都心部には無かった公共的な芸術文化施設である。アートの展示スペースの他に劇場や図書館、飲食などがある複合的な空間であり、上層部分には民間企業やテレビ局も混在している。札幌市は約200万人の都市でありながら、中心部に現代美術館が無い稀な都市であった。近代美術館や劇場などはあったものの気軽に立ち寄れるようなパヴリックスペースではなかった。このような背景があり札幌市民交流プラザへの期待は計画段階から市民の関心を集め、施設のあり方についての意見交流会なども開催されていたし僕も参加していた。
そのような期待の中で完成した市民のための居場所は、ホールなどのパブリック空間にテーブルや椅子・ベンチなどを積極的に配置することにより人で溢れ賑わう施設となり、図書館も座席は常に満席である。単体の美術館では実現出来なかった市民の利用率の高い公共性を獲得した点においてとても評価できる場である。
提案を考える上で、札幌市民交流プラザは敷地であるといえる。そして「搬入プロジェクト」という要件が我々に与えられた。さらに施設の1周年を記念する企画である点が大きなテーマであった。建築に例えると「敷地」と「条件」となる。建築の設計に限らず、まちづくりにおいても敷地含めた現状リサーチと諸条件の解読から作業をはじめる。今回、僕は初めて「搬入プロジェクト」の存在を知り、過去の資料やインターネットなどにより解読を始めた。すると、とても建築的なプロジェクトであることが分かり、発案者の経歴を拝見することで、とても腑に落ちた。
僕は今では建築家などと偉そうに名乗ってはいるものの、もともとは実家の家業であった工務店の手伝いから設計を始めた身としては、余計にこのプロジェクトをある意味で身近に感じることが出来た。
ゼネコンなどの大手施工会社では工程計画から監理までをかなり厳密に実行する。なぜなら公共建築や巨大建築の現場では、トラブルやミスは絶対に許されないからである。しかし小さな工務店が請け負う小さな工事現場ではトラブルやミスが起こることがある。それはクライアントに迷惑をかけるようなトラブルやミスのことではなく、「搬入プロジェクト」が「醍醐味」と捉えているような出来事と似た出来事が、わりと頻繁に小さな現場では起こり得るのである。
例えば大きなガラスが予想より巨大で重く、職人が四、五人、様々なハプニングを乗り越えて窓枠まで辿り着き設置したり、大きな梁や大きなテーブルが・・・というようなハプニングが起きたりするわけである。図面や模型で寸法を確認しつつ、モノの動きや労働者の動きをイメージしていても不思議と現場では色々なハプニングが起こるのである。僕の苦い経験を紹介すると洗濯機のメーカー名と品番を事前に確認し図面で厳密に搬入検討をしていたにも関わらず、設計の寸法をギリギリに攻め過ぎ、数センチ施工が図面と一致していなかったため止む無く壁を一度壊し搬入後に再構築したことがある。様々な現場でのハプニングを経験してきたので、乗り越えた時の現場の雰囲気などは言うまでもなく素晴らしい。
この「搬入プロジェクト」という「条件」を前提に「札幌市民交流プラザ」という「敷地」を読み解いていった。最初に述べたように札幌市民が待ち望んでいた公共性の高い文化施設が都心部に生まれた。
メインエントランスの風除室入口の自動ドア幅は2.25m(有効幅2.06m)、高さ3mである。風除室の天井高さは5mあり、風除室を抜け13.5m奥に進むと天井高さは18mとなり、空間奥行きは70mの大空間となる。最終的な2階搬入設置場所は幅10.05m×奥行6.3m×高さ10.6mの空間である。施設南側には札幌市内でも有数の交通量を誇る北1条通りがあり、東側には石狩街道とよばれる交通量の多い通りがある。北側の通りも比較的交通量が多く、西側の道路は北から南への4車線一方通行道路である。
主に建物寸法と道路について述べたが、この条件を元に「搬入プロジェクト」での醍醐味を実現するための「物体」の「大きさ」や「形態」を考えてみた。断面の大きさは入口の寸法により想定は容易であるのと、過去の「搬入プロジェクト」で実践された形態によりイメージし易い。建物周辺の歩道は広めで道路も十分に広い。道路使用許可等を得て巨大物体を振り回すことは可能である。風除室とその奥の13.5mほどの距離は5mの天井高さが続く。18mに比べると低く感じるが住宅2階建吹抜けくらいの天井高さである。18m天井高さの大空間でハプニングのような醍醐味を体験しようとすると複雑な形態にした場合でも長さ25mから50mくらいは必要だと考えられた。過去の「搬入プロジェクト」でも体育館や大きな公共施設に搬入した例もあり、従来の「搬入プロジェクト」の方法でも醍醐味を実現出来ることは想像できた。さらにあえて市民交流プラザの狭い裏動線などからの搬入も考えた。それは地下から展示室や劇場へ搬入するルートである。
このように解釈を進めるうちに幾つかの違和感が生まれた。
著作権を完全放棄した「搬入プロジェクト」を、物体の色や素材や形態や寸法や搬入方法に多少の変化は起こるとしても、オリジナルの流れにそって実践することへの意味に対する違和感。
模型と図面により巨大な物体が建物の中に入ることを確認しているにも関わらず、ハプニングなどの醍醐味を自作自演で演出しているように見えることへの違和感。これは建築現場でリアルなハプニングを幾度となく経験してきた僕には特に大きな違和感である。
ボランティアを募る場合、そもそもアートに興味がある人が集まるのは仕方がないのだが、アート好きな人のための身内感のある小さなくくりでの世界観になることへの危惧。
ここでの違和感は「搬入プロジェクト」に対する否定的な意味ではない。むしろ著作権放棄により、全く別のジャンルの作家が(今回の場合、建築家とまちづくりプランナー)、世界中の多様なコンテクストの中で、どのように「搬入プロジェクト」を解釈し、変化や刷新が展開し、新しい「搬入プロジェクト」が生まれるのかへの期待感のような感覚である。地球上の生物がそうであったように、多様なコンテクストにより多様な変化や進化を繰り広げられるような状態。変化や刷新が起こったとしても「搬入プロジェクト」には人間の本能のある部分に働きかける根源的な解釈が含まれていることへの共感。
札幌市民交流プラザ1周年の企画としての「搬入プロジェクト」の別の形を見つけたいと考え始めた。より広く多くの市民に開かれた公共空間であることへの気付きと発見、そしてキッカケとしてのプロジェクトを模索した結果、次の具体的な事柄が発見された。
製作場所を市内へ分散配置し、作業風景を市民に広く見てもらうこと。分散製作したパーツを、公共交通機関と地下道等をつかい運ぶことで市民に広く見てもらうこと。市民交流プラザに搬入し共同で組み立てる風景を広く市民に見てもらうこと。組み立てられた物体に市民に触れてもらうこと。解体後に8割の素材を土木資材として再利用し、2割を交流プラザ内に分散配置し家具として使ってもらうこと。小さなピースの集合体が生まれるイメージ。
これらの具体的な事柄は今回のコンテクストである「搬入プロジェクト」をベースとした発見であることは紛れもない事実である。「搬入プロジェクト」には人間の本能のある部分に働きかける根源的な解釈が含まれていると書いたが、今回の「Collective P」にはそれが間違いなく含まれていると考えている。つまり「Collective P」は間違いなく「搬入プロジェクト」の再解釈から生まれた。札幌という生態系と2人の作家を通して生まれた、「搬入プロジェクト」の多様な形の1つの枝の葉のようなプロジェクトであったと考えられる。
五十嵐淳(建築家)
アーカイブ: Collective P -まちとプラザをつなぐ搬入プロジェクト-
●記録写真(特設ウェブページ)
https://collectivep.tumblr.com/
●記録動画(Youtube)
https://youtu.be/DKxtqOX84Ds
●寄稿
「Collective P」について。
五十嵐淳(建築家)
札幌を訪ねて
島貫泰介(美術ライター/編集者)
搬入プロジェクトの行く末
石川卓磨(悪魔のしるし/建築家)
「搬入プロジェクト」オープン化の経過とわたしたちが死んでないという問題
金森香(悪魔のしるし 企画・プロデュース)
●SCARTSシンポジウム アートセンターの未来 (2020.2.24座談会)
「Collective P -まちとプラザをつなぐ搬入プロジェクト-」から考えたこと
酒井秀治(まちづくりプランナー/(株)SS計画代表取締役)
●ふりかえりトークイベント(2019.10.5 ※トーク抜粋)
五十嵐淳、酒井秀治、岩田拓朗(SCARTSテクニカルディレクター) ゲスト:小野風太(札幌市交通局)
※近日公開予定
●SCARTS CROSS TALK vol.7(2019.9.25公開、対談記事)
境界線は、どこにある?居場所をつくるアートプロジェクト
五十嵐 淳×酒井 秀治×矢倉 あゆみ(SCARTSコーディネーター)
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