2025
FEB-MAR

2-3

札幌文化芸術交流センター SCARTS(スカーツ)と北海道大学 CoSTEP※1(コーステップ)が、主に若い世代を対象に2020年度から連携して取り組んでいるのが「アート&サイエンスプロジェクト」※2。現在は『プレコンセプションケア(男女を問わず、妊娠や出産を意識した心と体の健康づくり)』をテーマに共同プロジェクトを進行中です。そこで今回は、CoSTEPの奥本素子氏と朴炫貞氏にこのプロジェクトの意義やテーマについて伺うとともに、創作活動に着手しているアーティスト・映画監督の荒木悠氏のインタビューを通して、アートと科学技術のコラボレーションの魅力に迫ります。


北海道大学 CoSTEPは、科学技術をめぐるコミュニケーションの促進に取り組む教育・実践・研究組織です。正式名称は、科学技術コミュニケーション教育研究部門 CoSTEP(Communication in Science & Technology Education & Research Program;コーステップ)。北海道大学大学院教育推進機構オープンエデュケーションセンターに研究室が置かれています。
CoSTEPでは、日々進化を続ける多様なジャンルのテクノロジーについて、いかにしてわかりやすく伝え、実際の社会にリンクさせていくかという課題に、さまざまな角度からアプローチしています。大学内外の機関と積極的に連携しながら、ワークショップなどの対話の場をつくり、次世代を担う人材を養成しています。
https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp

 


芸術と科学技術、アーティストと研究者という一見相反する存在を結びつけることで、思いも寄らないアイデアや切り口がきっと生まれるはず―。SCARTSとCoSTEPは令和2年度から連携協定を結び、共同事業を実施しています。
若年層を対象としたエデュケーション・プログラムの構築を目的に、互いの機能や人材を生かしながら、ワークショップや研究会、ツアーなどの交流の場を創出しています。


奥本素子(おくもと・もとこ)
部門長・准教授

博士(学術)。専門は教育工学、学習科学、科学教育。博物館や科学技術コミュニケーションをテーマに、日常の中から学ぶインフォーマルラーニングを研究している。近年は、高等教育におけるプロジェクトベースドラーニングの研究も行っている。

朴炫貞(ぱく・ひょんじょん)
特任講師

博士(造形)。韓国生まれ、アーティスト。韓国芸術総合大学と武蔵野美術大学大学院で芸術を学ぶ。言葉の間、生と死の間、時間の間、国の間、科学とアートなど、さまざまな境界においてモノやコトをカメラを通して見つめ、記録している。記録のなかで見えてくる、普通が特別になる瞬間を集めて、記憶の空間として体験する作品を目指している。

— これまで4年間にわたって、SCARTSと連携しながら「アート&サイエンスプロジェクト」を実施してきました。手ごたえはいかがですか。
奥本:
学校のカリキュラムから離れた、まったく新しい教育の場をつくろうという意図でワークショップなどを開催してきました。実際に参加した学生の皆さんは予想以上に積極的に取り組んでくれて、研究者もアーティストもとても驚いています。なかなか近くで接する機会が少ない研究者やアーティストとの出会いが刺激になって、こちらが想定していなかったような発想がどんどん芽生えていく過程が面白いですし、研究者にとっても発見が多い事業です。

— 高等教育の現場では2022年4月から「総合的な探究の時間」が導入されました。
奥本:
自分の興味や関心に従ってテーマを見つけて、自分なりに探究し、その成果や研究結果を発表するというカリキュラムですが、いわゆる一斉授業とは違って、教科や科目の枠を越えたアプローチが求められます。「アート&サイエンスプロジェクト」は最先端の研究者やアーティストと間近に触れ合って視野を広げることができる貴重な機会。「探究学習」のテーマ探しにもきっと役立つと思います。

— 今回のテーマは、言葉としてはなじみが薄い『プレコンセプションケア』です。
アーティストでもある朴さんから、改めて解説を。
朴:
最も簡単な定義で言うと「男女を問わず、妊娠や出産を意識した心と体の健康づくり」ということになります。そう聞くと「性成熟期の女性だけが当事者」と思われがちですが、もちろん男性の心と体の健康も重要ですし、さらにはその親世代やもっと上の世代も含めて、社会全体のシステムづくりも課題になってきます。

— 性教育や公衆衛生、ジェンダーや社会制度、さらには自分のライフプランにまでかかわる広範囲かつ切実なテーマです。
朴:
どうすれば「自分ごと」として考えてもらえるか。実際に高校生や大学生と話してみると「理念はわかるし、健康づくりの大切さも理解しているけど、当面は仕事を優先したいので、子どもを産む計画はありません」という人が多い印象でした。
奥本:
私は男子のチームに話を聞きましたが『プレコンセプションケア』という考え方そのものが、とても新鮮だったようです。プライベートかつデリケートな問題でもあり、普段はなかなか気軽に聞けないテーマだからでしょうか。
朴:
まずは高校生・大学生世代にあたる10代、20代の人たちに、10年後にどういう姿でいたいのかということを具体的に考えてみてほしいです。自分のライフプランに出産をどう組み込むのか。一方でサポートする立場から考えると、産みたい時に産めない社会にはしたくないという思いがありますよね。

— SCARTSが招へいした荒木悠氏と市原佐都子氏という二人のアーティストが、このテーマを踏まえた創作に取り組みます。今年度はすでに荒木さんの作品づくりがスタートしていますが、どんなことに期待していますか。
奥本:
研究者には思いも寄らないようなテーマの広がりが、アーティストとのコラボの醍醐味です。ちょっとコミカルだったり、逆にシリアスだったり、その作家ならではの作風や作品を通して、若い方たちがこのテーマを「自分ごと」として受け止める契機になってほしいです。
朴:
科学には好き嫌いの感情が入る余地はありませんが、アートには「理由は説明できないけど、この作品が好き or 嫌い」という感情を喚起する力があります。どんな作品が出来上がるのか、私もとても楽しみにしていますし、新たな体験が生まれるきっかけになればうれしいですね。

荒木悠(あらき・ゆう)
アーティスト・映画監督

1985年生まれ。2007年ワシントン大学サム・フォックス視覚芸術学部美術学科彫刻専攻卒業。2010年東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻修士課程修了。文化の伝播や異文化同士の出合い、またその過程で生じる誤訳や誤解の持つ可能性に強い関心を寄せている。特に、近年の映像インスタレーションでは、歴史上の出来事と空想との狭間に差異を見出し、再現・再演・再生といった表現手法で探究している。
https://www.mujin-to.com

— 主に映像を表現媒体とした作品を発表してきた荒木さんですが、今回のプロジェクトに参画した経緯からお聞かせください。
自称映画監督として「いつか劇映画を撮る!」という夢があるのですが、映画学校で学んだわけではなく、見様見真似で制作を続けてきました。これまで他分野で培った技術を組み合わせた混合体が私なりの〝映画〟として、映画館ではない場所に立ち現れています。
今回のプロジェクトも意外なお話でしたが、「来るものは拒まず」が基本スタイルでして、ありがたくお受けしました。創作の着想源はアートに限らず、自然や歴史、社会や日常のあらゆる物事から影響を受けています。もちろんサイエンスもです。
英語の「Science」の語源が「知る」というラテン語の動詞「scio」に由来するように、この企画を通じた未知との出合いを楽しみにしています。

— 2024年8月1日に開催された「アーティストと研究者と考えるオープンミーティング」に参加されましたが、『プレコンセプションケア』をテーマに創作を進めるにあたって、どんなことが印象に残りましたか。
偶然ですが、私生活でちょうど『プレコンセプションケア』について意識しはじめていたので、知見を深めることができて、とても良かったです。同時にもっと早くから知りたかったと思えるような情報も多く、自分の不勉強さへの後悔も。当日参加した皆さんも得るものが大きかったのではないでしょうか。
『プレコンセプションケア』とは生活や健康と向き合うことですが、創作面において、私の場合はむしろ毒性学に興味が湧きました。食事などを通して身体に取り込まれる「毒となるもの」から逆照射して、結果的に健康や環境に意識が向くような作品を作ることができればと思っています。

— 荒木さんのライフワークでもある『双殻綱』のスピンオフと位置づけられている今回の企画ですが、現時点でのイメージや構想をお聞かせください。
『双殻綱』は二枚貝をめぐるプロジェクトで、特に〝牡蠣〟という生物を起点に展開されてきました。これまで第一幕では〝沈黙〟について、そして第二幕では〝寡黙〟であった貝が口を開き、突然オペラを歌い出しました。
今回のスピンオフでは、貝の〝独白〟に注目してみようかと構想しています。先ほどの毒性学の流れから貝毒について調べていまして、かなり毒を吐く独白になるかもしれません。絶賛準備中ではありますが、SCARTS×CoSTEPの全面協力のもと、自分でも初となる大きな挑戦ができればと思っています。

— このプロジェクトは、高校生・大学生を主なターゲットにしています。
最後に若い世代に向けてのメッセージを。
アーティストも研究者も、表面的には対極のようでいて、好奇心をもって物事を深掘りする姿勢という点では共通しているのではないでしょうか。何かを探究するには、時間が重要な役割を果たします。すぐに結果が出ないことも多く、むしろ成果が得られないことの方が多いかもしれません。しかし、その過程と分析こそが価値あるものですから、焦らずじっくりと向き合ってほしいと願っています。
今回の展示が「探究学習」の参考になるかはわかりませんが、思考が柔軟になるような体験をお届けできればと思っています。

SCARTS×CoSTEP
アート&サイエンスプロジェクト

荒木悠 双殻綱:幕間

BIVALVIA:INTERMISSION

2025年2月15日[土]〜 3月2日[日]
10:00〜18:00
(15日[土]のみ14:00オープン)
SCARTSモールA・B・C、コート、スタジオ
入場無料

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