——まずは、「ドン・ジョヴァンニ」の作品の魅力についてお聞かせいただけますか。
栗原:ドン・ジョヴァンニの魅力は、我々の常識をいとも簡単に打ち破ること。たとえば、今の社会は見えるルールと見えないルールがあって、がんじがらめになっていますよね。多分みんな心の中でそれをぶち壊してくれるような人を求めていて、そういう存在がまさにドン・ジョヴァンニだと思います。
岡元:「ドン・ジョヴァンニ」は、モーツァルトの三大オペラの中でも最も異質かつ奇才といえる作品。コメディタッチだけど、最後の地獄落ちは相当ヘビーなシーンで、初演された当時はどのように表現されていたのか。現代の装置では具体的な表現ができるわけですが、想像を絶する世界が最後に待っている、そういう魅力があります。
粟國:モーツァルトの音楽はシンプルで聴きやすいですが、そこにいろいろな哲学が含まれています。ドン・ジョヴァンニは女性の敵であるわけですが、みんな彼に憧れてしまうんですね。自由に生きたい、ルールをぶち壊したいという思いは、我々の心の中にもある。でも、本当の自由とはなんだろう?自由に生きるための責任とは?この作品にはそういう問題を投げかけ、考えさせられる魅力があると思います。
——今回の演出の見どころは?
粟國:オペラは指揮者、プロダクション、歌手たちと共に作りますが、「ドン・ジョヴァンニ」には過去に天才モーツァルトとダ・ポンテがいるわけで、彼らと一緒に作るという側面もあります。それを楽譜通りにやるわけではなく、これが最も理想の「ドン・ジョヴァンニ」だ!という世界に近づけたいという思いで、歌手たちと言葉をひとつひとつ確認しながら、お互いに納得できる作品にしようと稽古を重ねています。
——それぞれが演じる役に対しての思いをお聞かせください。
栗原:ドン・ジョヴァンニ役に出演が決まって、最初は彼の人間性にどう共感すればいいのか迷いがありましたが、稽古を重ねるうちに、僕たちの常識ってなんだろう?それは正しいんだろうか?という思いにたどり着いたんです。それからはドン・ジョヴァンニはとても柔軟な人だと思うようになり、今ではリスペクトする気持ちを持っています。
岡元:ドン・ジョヴァンニは地獄に落ちますが、レポレッロは落ちないんですよ。地獄に落ちる者の罪は、浮気や不貞をはたらく人たちは割と軽く、人を騙したり殺めたりする方が重いのですが、彼はどれにも当てはまらない。人を愛してやまないし、すぐ逃げるし、すぐからかうし、レポレッロは実に人間的だと思います。
——粟國さんから見たドン・ジョヴァンニとレポレッロの存在についてお聞かせください。
粟國:ドン・ジョヴァンニとレポレッロは、180度違う水と油のような関係。レポレッロが「あなたの生き方は―」とか「女性のことはもうやめましょう」と言うと、ドン・ジョヴァンニは「馬鹿か、おまえは」と反発する。二人の考え方はずっと平行線で交わることはありませんが、お互いに惹かれ合いながらバランスを保っている感じがします。
——粟國さんは演出家として、栗原さんと岡元さんは歌手・演者として、常に心がけていること、大切にされていることはなんですか?
栗原:舞台に立ったとき、自分の言葉としてではなく、演じる役の言葉―今回ならドン・ジョヴァンニの言葉として発するように心がけています。
岡元:現場づくりをしていく中で、歌手としてどういう立ち位置にいるかを考えることは大事なことだと思っています。また、この現場が札幌にとって日本にとってどういう位置にあるのかと考えた上で、自分がどこまでやらなければいけないのかを見極めます。役は、もちろん自分から離れているもの。現場に入るときは自分を置いていき、変わらなければいけないと思っています。
粟國:演出家として常に考えているのは、今の時代にオペラをやる意味は何なのかということ。お芝居や映画など、さまざまなパフォーマンスがある中で、オペラという手法がある。オペラの魅力、楽しさ、面白さは、どの時代になっても残さなければいけないと思っています。極端に言えば、オーケストラをカラオケにしたり、動画を使った演出などもできるけれど、そうなると元のオペラのエッセンスがなくなってしまうんです。 オペラの特殊な歌い方は誰でもできるわけではなく、オペラ歌手じゃないと歌えないものです。 時代が変わっても観る者の心を打つ、オペラの本質を伝えるような演出を心がけています。
——最後に読者や観客の方に向けメッセージをお願いいたします。
栗原:僕は富山県出身で、富山には北海道から北前船で昆布が運ばれていた歴史があり、昆布を大切にしてきた文化があって、「昆布を見つけたら見逃すな」という言葉があるくらいです。それで、僕は北海道にすごくシンパシーを感じていて、訪れるたびに何だか落ち着く感じがします。この地で「ドン・ジョヴァンニ」というすごいオペラに出演できることを光栄に思いますし、皆さんとお会いできることを楽しみにしています。
岡元:第1回公演で上演したモーツァルト作品「フィガロの結婚」は、北海道にゆかりのある人たちで作られ、多くのお客さまを動員し、実にセンセーショナルでした。この北の大地には「みんなでオペラを作るぞ!」という勢いが今も続いています。多くの方がオペラを好きになる土壌を作っていくことが、hitaruオペラプロジェクトの役割。今回は若い人たちがたくさん参加し、フレッシュなエネルギーにあふれていますので、熱さや勢いを皆さまにお届けしたいと思います。
粟國:これだけの劇場で上演するには、「ドン・ジョヴァンニ」はベストな作品だと言えるでしょう。オーディションでこのプロダクションに最もふさわしいメンバーが集まり、園田マエストロと共に素晴らしい舞台に仕上げていきます。オペラはとにかく娯楽であり、エンターテインメントです。映画などなかった時代に、最も豪華で楽しくスペクタクルな舞台だったのがオペラ。世界中で愛され、日本でも多くのファンがいるオペラには、人を惹きつける音楽とドラマの力があります。 初めて見る方でも絶対に楽しめる作品をみんなで作っていきますので、たくさんの方に足を運んでいただきたいですね。
演出
粟國 淳
Jun Aguni
東京生まれローマ育ち。ローマ・サンタ・チェチーリア音楽院でヴァイオリンと指揮法を学ぶ。オペラの演技・演出法をM.ゴヴォーニに師事。新国立劇場ではF.ゼッフィレッリ、L.ロンコーニなど巨匠達の演出助手を務めた。98年から文化庁派遣芸術家在外研修員として渡伊、H.プロックハウスのもとで研鑽を積んだ後、P.ファッジョーニ、A.ファッシーニなどの片腕としてヨーロッパを拠点に活躍。97年藤原歌劇団公演「愛の妙薬」で演出家デビュー。びわ湖ホール、二期会、神奈川県民ホール共同制作「トゥーランドット」「アイーダ」「オテロ」、東京二期会「仮面舞踏会」、あいちトリエンナーレ「ホフマン物語」、藤原歌劇団「ファルスタッフ」「ノルマ」、日生劇場オペラ「アイナダマール」(日本初演)「セビリアの理髪師」、紀尾井ホールバロックオペラ「オリンピーアデ」など多数の作品を手がける。 海外ではサッサリ・ヴェルディ劇場「アンドレア・シェニエ」「エルナーニ」、スロベニア国立マリボール歌劇場「ホフマン物語」を演出している。11年度エクソンモービル音楽賞奨励賞を受賞。新国立劇場では 「ラ・ボエーム」「セビリアの理髪師」「おさん」「フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ」「チェネレントラ」、小劇場オペラ「外套」を演出。 現在、日生劇場芸術参与、新国立劇場オペラ研修所プログラムアドバイザー兼アルテ・シェニカ講師。
ドン・ジョヴァンニ役
栗原 峻希
Takaki Kurihara
東京藝術大学大学院オペラ専攻修了。レナータ・スコット選出、演出テアトロ・オペラ・ジョコーザ公演「蝶々夫人」ヤマドリ役でイタリアデビュー。イタリア三大歌劇場のサン・カルロ歌劇場にてG.ヴェルディ「ドン・カルロ」「マクベス」などに出演。イタリア声楽コンコルソミラノ大賞等国内外コンクール受賞多数。《野村財団》芸術文化助成、文化庁新進芸術家海外研修生、ローム・ミュージック・ファンデーション奨学生としてイタリアに留学。サン・カルロ歌劇場の研修生に日本人で初めて選出されマリエッラ・デヴィーアのもと研修を積む。
レポレッロ役
岡元 敦司
Atsushi Okamoto
厚岸生まれ、北広島育ち。国立音楽大学首席卒業、東京藝術大学大学院修士課程修了、パルマ、フェラーラ、ボローニャ各国立音楽院年間アカデミー、ウィーン国立音楽大学マスタークラスを声楽最高位でディプロマ取得。皇居内桃華堂御前演奏会出演、矢田部賞、NTTドコモ賞、F・アルバネーゼ国際声楽コンクール特別好演賞、ベーゼンドルファー国際音楽コンクール第2位、第22回ハイメスコンクール第1位。第2回座間日本歌曲コンクール第2位、平成23年文化庁新進芸術家海外研修生、北海道二期会会員、北海道教育大学、札幌大谷大学、北翔大学教育文化学部教育学科音楽コース講師。
hitaruオペラプロジェクト
「ドン・ジョヴァンニ」
指揮・フォルテピアノ:園田 隆一郎
演出:粟國 淳
管弦楽:札幌交響楽団
2025年3月7日[金]/9日[日]
札幌文化芸術劇場 hitaru
① 3月7日[金]開演18:00
② 3月9日[日]開演14:00
※開場は、各開演時間の1時間前
全席指定・税込
S席14,000円/A席11,000円/B席8,000円/
C席6,000円/D席5,000円
U25各席2,000円〈S席、ペアS席、ペアA席を除く〉
7日[金]ペアS席26,000円/ペアA席20,000円
9日[日]ペアS席27,000円/ペアA席21,000円